多くの地方公共団体がゼロカーボンシティ宣言をし、脱炭素・カーボンニュートラルへの取組として、省エネ・電化・電源の脱炭素化・その他エネルギーの低炭素化等が進められる中、全国に約80の自治体が出資する新電力すなわち「自治体新電力」が存在します。
なぜ、わざわざ自治体新電力を設立して地域の脱炭素に係る取組を行うのでしょうか? 設立によって期待される本当の効果は何なのでしょうか? 実際に設立・運営していくためには何を心掛けていけばよいのでしょうか?
パシフィックコンサルタンツグループは、自ら自治体新電力事業を手がけるパシフィックパワーを傘下に置いており、現在、同社出向中の筆者が実際の事業運営経験も踏まえて、自治体新電力の可能性と設立・運営の要点について説明します。
INDEX
自治体新電力=新たな三セク
1. 自治体新電力とは?
自治体新電力とは、エネルギーの地産地消などを付加価値として小売電気事業を営む「地域新電力」のうち、特に自治体が出資するものを言います。2016年の電力自由化以降、こうした地域密着型新電力は着実に数を増やし、現在では、自治体新電力の数は全国で80弱に及びます。
自治体新電力の普及当初に最も期待された役割は、一義的には電気料金削減ですが、自治体出資という特性上、単に安価な電力供給に留まらない多様な役割・メリットが同時に期待されています。
例えば、エネルギーの地産地消、外部流出していた資金(電気料金)の地域内還流、収益を活用した新たな事業展開など(図1)が挙げられ、昨今では、防災などレジリエンス強化に資する事業展開やSDGsの推進力となる母体としての役割に期待が広がっています。
なお、自治体新電力はいわゆる「第三セクター」の一種です。第三セクターと言えば「経営が厳しい」という印象があり、懸念を感じられる場合もありますが、自治体新電力の主業である小売電気事業は外部委託可能で、初期投資・資産保有がほぼ不要であること、また、公共施設を主たる顧客としていることから、事業のリスクが低く、自治体にとっても事業として始めやすいものとなっています。
2. エリアマネジメント・地域経営を視点に自治体新電力を支援するパシフィックパワー
パシフィックコンサルタンツ株式会社(以下、「当社」という)は、以前から将来的な人口減少に伴う行政予算縮減を見据え、地域の新たな担い手として地域のインフラ・サービスの維持、地域振興等の新たな仕組みを創出する「地域経営」「エリアマネジメント」展開を標榜(図2)してきました。
当社の主業であるインフラ土木の分野では、新潟県三条市での道路包括管理や、静岡県富士市での下水道包括管理の取組が代表事例として挙げられます。
このような事業展開のひとつとして、電力自由化の動きにも呼応し、100%出資子会社のパシフィックパワー株式会社を設立しました。現在、同社は16社の自治体新電力に出資・支援(図3)しており、設立数No.1の実績があります。
自治体新電力は地域のGXの担い手
1. 自治体新電力をわざわざ設立する意義とは?
2023年3月末現在、934の地方公共団体がゼロカーボンシティ宣言をしています。一方で、自治体からは「宣言したものの何をしていくのか定まっていない。何をしたら良いのかわからない。」という声をよく聞きます。 ただ、「CN(カーボンニュートラル)」の手法は明確で、省エネ・電化・電源の脱炭素化・その他エネルギーの低炭素化に絞られています。よって、自治体は、これら手法を把握できていれば、その実行は、入札でできるだけ安くできればよいという話に落ち着いてくるはずです。
では、なぜ、わざわざ自治体新電力を設立する必要があるのか?
前述したとおり、元来、自治体新電力に期待されたことは、エネルギー地産地消の仲介役の役割のほか、外部流出していた資金(電気料金)の地域内還流、収益を活用した新たな事業展開などにあります。
この考え方は、新たなキーワードとして国からも掲げられ始め、「CO2排出削減と経済成長をともに実現する」ことに視点が置かれたGX(グリーントランスフォーメーション)に近しいものと考えられます。つまり、自治体新電力は、地域課題や地域経済成長を考慮した地域版GXを進めるための事業体としてあるべきと考えられます。
2. 自治体新電力で生じた効果
~その1 小売電気事業上の効果~
① 自治体の電力調達の合理化ができる
自治体は、これまで入札によって、多くが各部署・各施設で個別に、「安さ」を判断基準とした電力調達を行ってきました。これに対し、自治体新電力は、自治体との随意契約による公共施設への電力供給を基盤としています。最安値の電気料金とは言い切れず、「電気の安さ」だけを判断基準としている訳ではないということです。
自治体新電力は、電力需要をまとめて、可能な限り安い電力調達は図ることと共に、電力供給契約に係る行政事務を集約管理することにも寄与しています。この点で、電気料金のみではない「安さ」が生じていると考えられます。
これまで行政だけのノウハウで、かつ各施設・各所管課で別々に行ってきた電力調達を、まとめて、民間ノウハウを活用し比較的手頃な価格で、かつ地域内電源活用などの価値を付加しています。この点で、自治体新電力の担う小売電気事業は、施設運営の指定管理やPFI等と類似するものとも考えられます。
② 電力市場の荒波にも対応してきた
実は、前述の効果は昨今のエネルギー高騰に当たっても功を奏しています。自治体新電力の存在がなく入札を引き続き行っていた自治体は、電力調達入札が不調に陥り、いわゆる「電力難民」となり、否が応でも高い電気料金(最終保障供給)を支払わざるを得ない状況となっています。一方、自治体新電力は、電力市場高騰の流れをリアルタイムに把握し、自治体に即時にコンサルティングできます。そのため、さすがに多くの契約で電気料金の値上げは行いましたが、自治体新電力との契約をできる限り維持し、最小限の傷口(行政予算増大)で済ますための調整が行えています。
~その2 地域還元事業推進上の効果~
③ 事業のスピード向上が期待できる
自治体は単年度予算主義であり、新規事業を行う場合、予算計上・庁内/議会査定に1年、そして、計画・設計で最低1年を要してようやく事業化できるスケジュール感です。さらに、脱炭素で言えば、公共施設の省エネ化や再エネ導入などを進めたいところですが、実際の効果が市民にはわかりにくく、他の事業予算と比べると優先順位は落ちやすい状況です。
その点、自治体新電力は、民間企業として銀行等からの資金調達に即座に動けます。例えば、図4は体育館照明のLED化をリース事業的に実施した事例ですが、自治体からの依頼を受け、間髪入れず各種検討・意思決定・資金調達を調整することで、概ね半年以内に設備導入した実績があります。
④ GXを体現する先進事業に取り組める
自治体新電力はいわゆる第三セクターであるため、自治体の政策との連携・関連性が重要です。一方で、市民・議会において、「その事業の担い手が、なぜ自治体新電力であるべきか」が問われることにも留意せねばなりません。この視点から、自治体新電力が行う事業は、民間ノウハウを活用したい領域であるが公共性が高く採算性は厳しいなどの条件があり、官民共になかなか手が出にくい事業が選択されやすいと考えます。その中で特に、小売電気事業との連携で相乗効果が上げられる事業が優先度が上がります。
図5は停電多発地域での避難所機能強化を目的としたPPA事業(建物屋上等に設置した太陽光発電設備等から直接電力供給する事業)です。事業目的を踏まえ、蓄電設備の容量を一定レベル確保すること、不採算になりやすい蓄電設備を平時から電力供給に活用し採算性向上の工夫をすること、非常時に備えた太陽光発電等の管理体制を確保しておくことなどが、自治体新電力が整備・運用するための条件となっています。
3. 自治体新電力の本質的価値=地域の資金循環を生み出すスキーム
自治体新電力が例えば小売電気事業でやっていることは、広義に捉えると、「これまで行政各部署が個別対応でしてきたことを、部署横断で対応し、包括的に取り扱うからこそできる工夫をすることで効果を上げていくこと」であり、「工夫により得られた効果(資金)を基に、次なる投資をしていくこと」です。
エネルギーの地産地消など、CNの視点での政策的効果に着目されることが多いですが、自治体新電力は地域版GXを進めるための事業体であるべきと考えられ、本質的に重要なのは、GXに向けた投資を行うための「資金」を持ち、効果的運用を行うことであると考えています。
「自治体自身では予算に縛られ事業実現に時間がかかる」「地域外企業ではノウハウはあるかもしれないが地域課題への個別対応がしきれない」「地元企業では新規投資の余裕がある企業が少ない」といった地域内事情がある中で、自治体新電力はその間に位置取り、資金循環を図っていくことが最も重要な価値であると考えています。