多くの地方公共団体がゼロカーボンシティ宣言をし、脱炭素・カーボンニュートラルへの取組として、省エネ・電化・電源の脱炭素化・その他エネルギーの低炭素化等が進められる中、全国に約80の自治体が出資する新電力すなわち「自治体新電力」が存在します。
なぜ、わざわざ自治体新電力を設立して地域の脱炭素に係る取組を行うのでしょうか? 設立によって期待される本当の効果は何なのでしょうか? 実際に設立・運営していくためには何を心掛けていけばよいのでしょうか?
パシフィックコンサルタンツグループは、自ら自治体新電力事業を手がけるパシフィックパワー株式会社を傘下に置いており、同社出向中の筆者が実際の事業運営経験も踏まえ、自治体新電力の可能性と設立・運営の要点を説明します。
前編では、「自治体新電力を設立する意義」「自治体新電力で生じた効果」を踏まえ、筆者が考える自治体新電力の「本質的価値」について言及しています。
前編を踏まえ、後編では、「自治体新電力導入・運営のポイント」や自治体新電力で描く将来ビジョンについて説明します。
INDEX
自治体新電力導入・運営のポイント
1. 自治体の政策目的の明確化・共有化に寄り添う
自治体新電力を設立した場合、最初に取り掛かるのが、各公共施設との小売電気事業の需給契約です。ただし、これには自治体新電力の設立までを担う政策部局ではなく、財政部局や施設所管部局との調整が必要であり、これらの現場部局に自治体新電力の政策目的を理解してもらう必要が生じます。これは、小売電気事業外の事業を行う場合でも同様であり、庁内で、自治体新電力の位置づけについて共通認識化されているかどうかが自治体新電力の運営に大きく関わってきます。同様に、市民・議会に対しても「その事業の担い手が、なぜ自治体新電力でなければならないか」の合理的説明ができなければなりません。
それには、自治体新電力が、脱炭素化を含む実に様々な効果を生むものであることの丁寧な説明や、現場部局・市民・議会が最も納得しやすい効果・メリットを考慮した説明の工夫、特に、行政がこれまで行ってきた入札やプロポーザルを通した民間委託の方法では対応しきれない領域への対応を自治体新電力が担うものであることの説明が鍵となります。
なお、「脱炭素」という言葉が先行すると、それのみでは十分なメリットが見出し切れない現場との調整がうまく進まない可能性が高まります。これまでの経験からは、様々な地域課題解決のための手段が結果的に脱炭素化にもつながる、といった説明の流れのほうがむしろ有効となりえます。
2.「収益事業」であることを官民で共通認識化する
自治体から、「自治体新電力を設立すれば何でも実現できる」という期待を抱かれる場合も少なくないです。脱炭素先行地域に採択された各計画を見ても、そのような期待のままに「自治体新電力の検討」が記載されている印象を抱くこともあり、危うさを感じるところです。
そもそも、再エネ導入事業等は、FIT(固定価格買取制度)を始め、補助金が多く出ており、補助金がなければなかなか採算性が厳しい事業です。「収益事業」として成立する範囲には限りがあるため、「思い」のみで何でも進められるものではないという官民の相互理解が重要と考えられます。
また、政策との連動と、「事業」であることを同時に検討していくため、行政内でも「事業」を司る部局と「政策」を司る部局の連携を、自治体内で実施してもらうことも重要と考えます。
3.「エネルギー事業は長期事業」であることを官民で共通認識化する
小売電気事業はあくまで「小売」であるため、薄利多売が基本です。さらには、自治体新電力の電力販売顧客が公共中心となることで、多売の範囲も限定されます。地域内企業などに営業を掛けていくことも考えられますが、「民業圧迫」の議論が付いて回るため、原則は限られた投資可能額の範囲の中で、最大の公益的効果を目指していくこととなります。
再エネ導入などは、事業期間が10~20年と長期に亘ることから、相互の人事異動などにも配慮する必要があるほか、行政機関では決裁手続きも重要な要素となります。そのため、綿密な資金繰り計画や資産管理体制の構築、先を見越した自治体内周知などにも留意して行う必要があります。
4. 地元企業との協調体制構築を大切に
自治体新電力により資産を保有した場合などでは、継続的な管理体制の構築が重要です。事業期間中に地域住民と円滑なコミュニケーションを図り、かつトラブルが生じた際などにも即座に対応していくために、地元企業の助けが必須となります。
なお、当社が他地域で取り組む道路や下水道の包括管理も、地元企業との協業を必須と捉えています。当社のコンサルティングと地元企業の現場対応との掛け算で成り立っており、事業を進めていくうえで重要な視点と捉えています。
自治体新電力スキームの将来ビジョン=エリアマネジメント
1. 自治体新電力で目指す次なる一手
自治体新電力は「行政マネジメント」に資する事業の担い手にもなりうる存在であると考えます。自治体新電力が小売電気事業でやっていることは、広義に捉えると、「これまで行政各部署が個別対応でしてきたことを、部署横断で対応し、包括的に工夫することで効果を上げていくこと」です。自治体は、縦割りで、分野間連携が行いにくい体制となっていることが多いですが、自治体新電力が自治体の外部組織として存在しているからこそ、第三者的アプローチで自治体機能に横串を指すことができないかと思案しています。
当社の主業であるインフラ分野では、代表例として、新潟県三条市での道路包括管理や、静岡県富士市での下水道包括管理にも取り組んでいます。これらと同様のアプローチから、自治体新電力の事業拡大を測れないかと考えています。
このような視点から一例として、図3に示すような、町内会管理防犯灯での包括管理も試行しています。これまでは、多数ある町内会が個別対応により玉切れを起こしていた防犯灯を更新し、かつその費用を自治体から個別補助する運用をしていました。この事例では、自治体新電力を自治体と町内会の仲介役となることで、資材調達や工事発注を一括化し費用圧縮を図ると共に、各所の手間を軽減することを実現しています。さらには、防犯灯位置情報の地図データ化や、地元事業者組合との工事協業により、効率的かつ迅速な管理体制も構築しています。地元事業者組合が自治体と町内会の仲介役となることも考えられますが、組合組織は資金調達を行うようなものではありません。前編で述べたような「資金」の確保・運用の機能と、情報データ化含め、全体の仕組みを整理する役割が自治体新電力に期待されていると認識しています。
2. 自治体新電力スキームの発展
自治体新電力は、エネルギーの地産地消事業等の展開に有用であることは明らかです。一方で、小売電気事業を含む収益事業の準備には多大な調整が必要となり、一朝一夕に進む事業ではありません。その中で、自治体新電力設立・運営で実現したい将来の姿に対する市民・議会・庁内の共通認識化が最も重要な視点であり、これが合意できれば、スピーディな事業推進が可能となります。
自治体新電力による「行政マネジメント」の取組、及び当社が行う道路や下水道の包括管理も拡大し、当社グループとしてこれらを繋げ、「地域経営」の実現を目指していきたいと考えています。
なお、自治体新電力のような仕組みは、例えば都心部のエリアマネジメントでも可能性があります。多様な地権者・ビルオーナーがいる中で、エリアマネジメント組織を設立し、これを仲介役として、当該エリア内のビル群のカーボンニュートラル化を、エリアブランド力向上と地域振興事業の原資創出のために行うという事業ができないかと思案しています。
その他、当社の得意分野であるインフラ分野では、地域の配電網(電線)の維持管理を地域主体が担っていく将来(資源エネルギー庁;配電ライセンス)を見据え、このような自立分散型システムや、エネルギーインフラの管理体制の構築に向けた検討も行っています。