2050年のカーボンニュートラルの実現に向けて、GXへの取り組みが加速しています。その推進のために国や自治体、民間企業、そして市民はそれぞれ何をしていくべきなのか、取り組みの現状や課題はどこにあるのか、技師長兼 ESGサステナブルスマートシティ統括プロジェクトマネージャー 梶井公美子に話を聞きました。
INDEX
- GX(グリーントランスフォーメーション)とは
- 世界はどのように動いている?
- 日本のGXはどう進んでいるか
- 日本のGXの課題は何か
- GX推進に当たって建設コンサルタントに期待されているもの
- パシフィックコンサルタンツのGX推進支援サービス
GX(グリーントランスフォーメーション)とは
GX(グリーントランスフォーメーション)とはなにか
GXとはGreen Transformationの略で、産業革命以来の化石エネルギー中心の産業構造や社会構造をクリーンエネルギー中心へと転換することを指す言葉です。
日本はGXを通じて、(1)国際公約である2050年のカーボンニュートラルの実現、(2)安定的なエネルギー供給を可能にするエネルギー需給構造の転換、さらに(3)経済成長、を同時に達成することを目指しています。
この3つの目標自体は、これまでも取り組まれてきたものですし、環境対策を通じて経済や社会も豊かにしながら、持続可能な発展を可能にするという考え方やコンセプトは20年以上前からありました。ではなぜ改めてGXなのか――それは今日本が国を挙げた大規模な脱炭素投資の支援、カーボンプライシング( 排出量取引など)に代表される新たな市場やルール形成など、経済的手法を駆使して取り組みの強度を上げ、カーボンニュートラルの実現を一気に加速しなければならないと考えているからです。そのために掲げられたのがGXであり、具体的には、今後10年間に官民協調で150兆円規模のGX投資を実現することが明らかにされています。そのためGX実行会議が設置され、GX実現に向けたさまざまな行政の施策、民間の取り組みが展開されています。
カーボンニュートラルとの違い
GXとカーボンニュートラルは同じ意味ではありません。カーボンニュートラルとは、地球温暖化の原因となっている温室効果ガスの排出量と吸収量が釣り合い、全体として実質的にゼロになっている状態を指す言葉です。温室効果ガスの大部分を占めるのが二酸化炭素(CO2)で、このCO2の排出削減に着目した取り組みは、特に「脱炭素化」とも呼ばれています。
CO2の排出削減は、具体的には省エネルギーや再生可能エネルギーの利用など、化石燃料の使用を減らすことで可能になり、また、CO2の吸収は、吸収源となる森林や耕作地、沿岸域などの適正な管理・修復などで可能となります。最近は、CO2の排出回避・除去技術も注目されています。
GXに必要な技術も、化石燃料からクリーンエネルギーへの転換を図る技術であり、カーボンニュートラル効果をもつものといえますが、GXは、それらの技術の普及を加速するための経済的手法(投資促進、炭素の価格づけ、金融)をセットにして、産業構造の転換を進めるという考え方です。言いかえれば、経済的手法をテコにカーボンニュートラルと産業競争力強化の同時達成を目指すコンセプトがGXだと言えます。
世界はどのように動いている?
先行する欧米各国の動向
欧米のカーボンニュートラルへの取り組みは、日本に比べて大きく進んでいます。
EUは、既に2019年に2050年までの炭素中立を目指す「欧州グリーン・ディール」を掲げ、再生可能エネルギー移行に積極的に取り組んでいます。「欧州グリーン・ディール」は単なる環境政策ではなく、EUの成長戦略として位置づけられ、脱炭素化に資する産業をEU内に呼び込み、優位性を確保するという狙いがあります。また、排出量取引制度(EU-ETS)は2005年から実施されています。
英国では、2030年までに温室効果ガス排出量を1990年比で68%以上削減し、2050年までにカーボンニュートラルを達成すると表明。洋上風力などの大規模な再エネや水素の導入拡大に積極的に取り組んでいます。一方で、地域レベルでの小規模分散型再エネ等による脱炭素化を進めるために、Net Zero Hubというプラットフォームのような組織を立ち上げ、地道な支援も展開しています。
米国も2030年までに温室効果ガス排出量を2005年比で50~52%削減し、2050年までにカーボンニュートラルを達成すると表明。インフラ・自動車産業・電力部門等のクリーンエネルギー分野において大規模な予算投入を計画しています。
アジア各国の取り組みも活発です。中国は、2030年までにCO2排出をピークアウトさせ、2060年までにカーボンニュートラルを達成すると宣言し、CO2排出削減のための政策手法として全国版の排出量取引制度が整備され、既に取引が行われています。
日本のGXはどう進んでいるか
関係省庁がさまざまな施策を展開
国際社会の取り組みに比べてやや遅れていた日本ですが、2020年10月、当時の菅首相は2050年までにカーボンニュートラルを目指すことを宣言。翌2021年4月には、「2050年目標と整合的で野心的な目標として、2030年度に、温室効果ガスを2013年度比46%削減することを目指す。さらに、50%の高みに向け挑戦を続けていく」ことを表明しました。
●GX基本方針、GX推進戦略
また、2022年6月に閣議決定された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」で、重点投資の1つとして「GXへの投資」が掲げられ、2023年2月に「GX実現に向けた基本方針」、同年7月に「脱炭素成長型経済構造移行推進戦略(GX推進戦略)」が閣議決定されました。これらの方針・戦略では、技術的な対策として省エネの推進、再エネの主力電源化、原子力の活用、その他水素・アンモニア等の取り組みを挙げるとともに、「成長志向型カーボンプライシング構想」としてGX経済移行債を活用した先行投資支援、カーボンプライシングによるGX投資インセンティブの付与、新たな金融手法の活用、国際戦略や中小企業のGXを挙げています。
また、その一環として日本版の自主的な排出量取引(GX-ETS)などに取り組むことを目的としたGXリーグが設立され、2024年2月現在、日本のCO2排出量の4割以上を占める679社が賛同しています。
この他には、以下のような取り組みが進んでいます。
●脱炭素先行地域
脱炭素先行地域は、地域レベルで主に民生部門と呼ばれる家庭や事務所・オフィス等の場での電力消費に伴うCO2排出の実質ゼロを実現し、加えて運輸部門や熱利用などの温室効果ガス排出削減にも極力取り組むことを目指す地域です。
地方自治体や地元企業・金融機関が中心となり、環境省を中心に国も積極的に支援しながら、少なくとも100か所の脱炭素先行地域を2025年度までに選定、先行的な取り組みの道筋をつけ、2030年度までに実行することとしています。すでに全国36道府県94市町村の73提案が選定されています(2024年3月18日時点)。
●国土交通グリーンチャレンジ
国土交通省ではカーボンニュートラルや気候危機への対応など、グリーン社会の実現に向けて戦略的に取り組む6つの重点プロジェクトをまとめています。これらの中には、厳密にはGXやカーボンニュートラルと目的が異なる部分(自然共生など)も含まれていますが、ほとんどがGXやカーボンニュートラルにも資する内容です。
- 省エネ・再エネ拡大等につながるスマートで強靱なくらしとまちづくり
- グリーンインフラを活用した自然共生地域づくり
- 自動車の電動化に対応した交通・物流・インフラシステムの構築
- デジタルとグリーンによる持続可能な交通・物流サービスの展開
- 港湾・海事分野におけるカーボンニュートラルの実現、グリーン化の推進
- インフラのライフサイクル全体でのカーボンニュートラル、循環型社会の実現
なお、現在はGX基本方針等を踏まえ、交通・建築・インフラ等の脱炭素に向けた経済・社会構造変革に資する施策を一層推進するため、国土交通省グリーン社会実現推進本部による検討が進められています(2024年6月現在)。
●電力・エネルギー政策
GXの主要施策でもある再生可能エネルギーの最大導入には、従来の再エネ技術の導入拡大や次世代再エネ技術の社会実装化に加え、再エネ普及社会を可能にする強靭な次世代型電力ネットワークの実現が必要です。例えば、再エネのもつ特性に応じた柔軟な需給調整を可能にするエネルギーマネジメント技術や電力ネットワークが不可欠です。現在、広域的な系統の整備増強とともに、このような柔軟なエネルギーマネジメントを前提にさまざまな電気の価値を取引する市場(容量市場・需給調整市場・非化石価値取引市場など)が形成されています。
他にも、FIT制度からFIP制度への移行、長期脱炭素電源オークション制度など電力・エネルギーの制度全体が目まぐるしく変化しています。
●29カ国と二国間クレジット制度を構築
JCM(二国間クレジット制度。Joint Crediting Mechanismの略)とは、途上国などに日本の優れた脱炭素技術(製品・システム・サービス・インフラ等も含まれる)の普及や対策実施を通じ、得られた温室効果ガス排出削減・吸収への貢献を定量的に評価し、日本の国としての削減目標の達成に活用する制度です。2024年2月時点で29か国とJCMを構築しています。
日本のGXの課題は何か
GXの推進にあたっては、国や自治体、民間企業、そして国民の一人ひとりに、さまざまな役割があります。国や自治体には、民間企業や国民が脱炭素化の取り組みを進めやすい制度・仕組み、特に経済的なインセンティブをうまく付与する仕組みを充実強化することが求められますし、民間企業には、自らの事業活動に伴うCO2排出削減とともに、GXの動きをビジネスチャンスとして捉えCO2排出削減/吸収に資する製品・サービスを積極的に開発・提供していくことが求められます。また、国民の一人ひとりにも、日常生活の中での省エネ、リユース・リサイクル、公共交通利用などの行動や省エネ設備・再エネ設備の導入などとともに、環境負荷の少ない製品・サービスを積極的に選択し、それらを提供している企業を応援することが求められています。
取り組みを進める上では、いくつかの課題もあります。
例えば、必要な資金をどう調達したらよいか、事業のコストと収益性をいかにバランスさせていくか、といった経済的な課題は、多くの自治体や企業がこれまでも直面してきたものです。国のGXの各種政策(投資促進、カーボンプライシング、金融手法確立等)はまさにこうした課題への対応でもあり、自治体や企業は今後こうした国の支援策や制度をうまく使いこなしていくことが大事になります。そのためにも、CO2排出の多い企業がより多くコスト負担し、CO2排出の少ない企業がより多く便益を受ける、そういった世界を可能にする制度整備が進むことが望まれます。
また、技術的な課題に目を向けると、再生可能エネルギーの導入というGXの最も中心となる施策の実現のために欠かせないエネルギーマネジメントシステムの構築という課題があります。太陽光や風力、小水力といった分散型のエネルギーリソースを単に増やすだけでなく、蓄電池などもうまく組み合わせながら、エネルギーの需要と供給を上手くマッチングさせる技術やシステムが必要です。これは一企業でできることではなく、地域のさまざまな事業者や住民、自治体が一体となって取り組まなければならないものです。このマネジメントシステムなしには再エネの導入拡大は難しく、この技術的解決が大きな課題です。
さらに、 GXの取組を進める際には、その本来の狙いであるカーボンニュートラル、エネルギー安定供給、産業競争力強化の側面での効果最大化も大事ですが、同時に環境・社会の側面との間でのトレードオフをなるべく生じないようにし、相乗効果はなるべく最大化できるような道を見出していくことが重要になります。例えば、周辺の自然環境への配慮が不十分な形で大規模な再生可能エネルギーの導入を進め、結果的に災害リスクや生物多様性の劣化を招いてしまうような事態は避けなければなりません。すべての側面でベストという解を見出すことは難しいことですが、やはりなるべく全体最適となるような解を見つける努力をし続けていくことが大切です。
GX推進に当たって建設コンサルタントに期待されているもの
社会インフラの整備に大きな役割を果たす建設コンサンルタントは、将来にわたってCO2を削減あるいは吸収させる対策技術を最初から織り込み、CO2排出をロックインさせないという重要な役割・責任を担っています。
都市やインフラは、 一度造られると何十年も使われ続けることになります。そのため、最初に省エネ型・再エネ活用型などカーボンニュートラルに資する構造で設計しておかなければ、何十年もの長期にわたりCO2を排出し続けることになりかねません。途中で構造の変更を加えようとすれば余分なコストや手間もかかります。あらかじめ構想・計画段階からCO2排出を極力抑える(あるいはCO2の吸収や除去を可能にする)形で考えていくことが大事になるのです。
また、都市やインフラでは、それらが出来上がってから運用段階で発生するCO2排出の削減だけではなく、構造物などに使用する資材の製造、輸送、現場での工事、さらに最終的にいずれ廃棄される段階までのトータルでみたCO2排出の削減も考慮していかなければなりません。都市やインフラの整備において扱われる物量は極めて大きく、このようなライフサイクル全体でみたCO2の排出削減・吸収増加を図ることが、結果的に大きな効果を生むと考えられるからです。
パシフィックコンサルタンツのGX推進支援サービス
パシフィックコンサルタンツでは、コンサルティングサービスとして、社会インフラの脱炭素化、地域の脱炭素化、そしてそれらを通じたさまざまな社会課題解決を支援しています。
社会インフラに関しては、空港・港湾・道路・鉄道・ダム砂防等の脱炭素化について国レベルの政策立案や方針・ガイドライン策定などを支援しており、最近は個々のインフラ管理会社や自治体をクライアントとして、脱炭素化に向けた具体的な計画策定や設計など、より現場実装化を支援するような業務も進めています。地域の脱炭素化に関しても、脱炭素先行地域を当社グループとして数地域を支援しており、その1つである北海道鹿追町ではマイクログリッドの実装化で「新エネ大賞」など各種の賞を受賞しています。マイクログリッドは、再エネ導入拡大において大きな課題となるエネルギーマネジメントの有効な解決策の一つでもあり、当社では国内で既にいくつかの実装化実績を持っています。
また、グループ会社の1つであるパシフィックパワー株式会社は、自治体新電力会社を17社設立・運営し、地方創生やレジリエンスにも資する自治体新電力事業を中心に実績を伸ばしています。近年は、太陽光PPAや、VPPを含む容量市場等、幅広いエネルギーマネジメント事業も始めています。
さらに、国内だけでなく、海外での脱炭素化に向けた取組支援としては、長年、JCMの方法論検討や関係国での省エネ・再エネ案件形成支援に携わってきた経験があります。
もちろん、自社活動におけるCO2排出抑制にも積極的に取り組み、2024年4月には温室効果ガス削減に向けてSBTネットゼロ目標の認定を取得しました。これはパリ協定が定める目標に科学的に整合する温室効果ガスの排出削減目標「Science Based Targets(サイエンス・ベースド・ターゲット)」を認定する機関「SBTイニシアティブ」から取得したもので、同様のLong-Term Targetsの認定を取得している国内企業(中小企業を除く)は15企業(2024年3月現在)で、建設コンサルタント業界では初の認定取得となりました。
パシフィックコンサルタンツは、上流の政策・構想段階の支援だけでなく、実際の設備施工・施工管理や広範なステークホルダーの合意形成・調整、総合的なプロジェクトマネジメントなど、現場実装・運用までを支援できるところに強みをもっています。今後もその総合力を生かし、脱炭素化・気候変動対策をはじめ広い意味での環境問題について、政策立案から企業・自治体の構想計画立案、現場社会実装までをトータルで支援していきます。