2020年10月、日本政府は2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにするカーボンニュートラルを目指すことを宣言しました。実現の大きな鍵を握るのが中小企業や家庭など、小規模で分散した排出源が集中する「地域」です。今、地域脱炭素はどこまで進んでいるのか、課題は何であり、これからどのように進めていくべきなのか――社会イノベーション事業本部 GX推進部 エグゼクティブコンサルタントの池本玄と同部の気候・資源政策室 斎藤淳一郎、同じく地域脱炭素室 恒岡徹の3人に聞きました。
INDEX
- なぜ地域の脱炭素が求められているのか
- 地域ではどんな取り組みが進んでいるのか
- 地域脱炭素を実現する上での課題は何か
- パシフィックコンサルタンツは地域脱炭素化にどう関わってきたか
- 今後の展開をどう考えているのか―宣言から実装へ―
なぜ地域の脱炭素が求められているのか
今、地域脱炭素が注目されている理由は2つあります。1つは温室効果ガスの排出削減の重要な鍵を握っているのが地域だからです。これまでは大規模な産業や発電所といった一カ所に集中した排出源が主な削減対象とされ、一定の進展を見せています。しかし今後一層の排出削減を進めるためには、地域の中小企業や交通部門、家庭など小規模に分散した排出源へのきめ細かな対策が欠かせません。
地域脱炭素が注目されているもう1つの理由は、それが地域の成長戦略に直結し、地域課題の解決を同時に実現する力を持っているからです。
現在、市町村の約9割は域外の小売事業者にお金を払ってエネルギーを確保しており、エネルギー収支が赤字です(出典:「脱炭素地域づくり支援サイト」(環境省))。もともと地域が豊かにもっている太陽光や風力、大小水力、地熱、などの地域資源を活用して自前で電力を確保し、それで得た資金を再び域内に投資すれば、エネルギーの確保はもとより産業振興や雇用創出につながり、さらに災害に対するレジリエンスの強化を通して暮らしの安心を高めることが可能です。
地域脱炭素の取り組みは、地域資源を生かして「消費する地域」から「生みだす地域」に移行することであり、それは地域に新しい成長のきっかけをつくるものになります。
地域ではどんな取り組みが進んでいるのか
国は2021年6月に「地域脱炭素ロードマップ」を公表しました。意欲と実現可能性の高い地域から「実行の脱炭素ドミノ」を起こすことを目的に脱炭素先行地域を2025年までに少なくとも100カ所選定、1計画あたり最大50億円の交付金を支給することにしています。有力と思える脱炭素モデルを2030年までに軌道に乗せ、各地に波及させることが狙いです。現在まで脱炭素先行地域に選定された提案は82件あり、選定された市町村を有する都道府県は38に及びます(2024年12月11日時点)。
実際、2022年に第1回の26提案が選定されて以降、さまざまな取り組みが全国で進んでいます。順調に進展しているものの中には、公共施設の脱炭素化の目標を2030年から2026年に前倒した事例や、住宅用太陽光発電設備・蓄電池の導入支援や産業団地の脱炭素化を進めるための予算措置を拡大したものもあり、太陽光発電設備などの設置義務付けに関する独自条例を制定するといった動きも出ています。(出典:脱炭素先行地域評価委員会「脱炭素先行地域選定結果(第5回)の総評」2024年9月27日(環境省))。脱炭素先行地域の取り組みについては毎年状況がレポートされ、脱炭素先行地域評価委員会によるフォローアップも細かく行われて後続する自治体の参考になっています。
先行する自治体に続いて今後、各自治体が地域脱炭素を進めるためには、まず地域の温室効果ガス排出量がどれくらいあるのか、どの部門が多いのかといった現状把握が必要です。"ホットスポット"を見つけることが、地域脱炭素の取り組みの柱になるからです。その上で、地域の再エネのポテンシャルがどのくらいあるかを把握し、実行計画を練り、資金の裏付けをつくっていくことになります。こうした一連の計画策定業務をサポートするさまざまなツールや支援メニューが国によって用意されています。
利用フェーズ |
支援策 |
概要 |
現状把握 |
地域経済循環分析自動作成ツール |
地域のお金(所得)の流れを「見える化」し、地域経済の全体像や、所得の流出入(お金を稼ぐ力・流出額)、地域内の産業間取引(循環構造)を把握できるシステム |
再生可能エネルギー情報提供システム(REPOS) |
再エネ(太陽光、風力、中小水力、地熱、地中熱、太陽熱)の導入ポテンシャルマップ。導入に当たって配慮すべき地域情報・環境情報(景観、鳥獣保護区域、国立公園等)やハザードマップも連携して表示できる |
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自治体排出量カルテ |
標準的手法に基づくCO2排出量推計データや特定事業所の排出量データ等から、対策・施策の重点的分野を洗い出すために必要な情報を地方公共団体ごとに整理 |
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資金調達・実行 |
脱炭素化事業支援情報サイト(エネ特ポータル) |
脱炭素化に向けた取り組みを支援するための補助・委託事業に関する事業一覧、申請フロー、活用事例等 |
地域脱炭素プラットフォーム |
脱炭素地域づくりに取り組みたい地方公共団体、脱炭素地域づくりの実現を支援する連携企業の紹介 |
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実行計画づくり |
再エネの最大限導入のための計画づくり支援事業 |
地域に適した再エネ設備導入の計画、再エネ促進区域の設定、再エネの導入 調査、持続的な事業運営体制構築、人材確保・育成などの支援(補助金あり) |
策定・実施マニュアル・ツール類 |
地方公共団体実行計画(事務事業編)の策定・改定及び実施の基本的な考え方や手順等をまとめた「地方公共団体実行計画(事務事業編)策定・実施マニュアル(本編)」 |
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地方公共団体実行計画策定・管理等支援システム(LAPSS) |
地方公共団体実行計画の策定・運用業務をクラウド上で実施できる無料のシステム |
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計画の策定状況 |
地方公共団体実行計画の策定状況を地図上で確認できるツール。市町村単位で目標や直近の実績等詳細な状況が閲覧できる |
地域脱炭素を実現する上での課題は何か
地域脱炭素の取り組みが進む中、いくつかの課題も見えてきています。
例えば再エネの導入に際して、従来の小売電気事業者から調達するよりも電気料金が割高になるケースがあり、いざ取り組みを始めようとする段階で、慎重論や反対論が出て取り組みが停滞するケースです。しかし再エネ導入は単純に料金の比較だけでは推進できず、地域全体とその将来を見越したエネルギー施策全体の中でとらえられなければなりません。部分最適ではなく全体最適を目指したエネルギーマネジメントシステムの構築が必要です。
また、計画作成段階における関係者間の合意形成の難しさも浮き彫りになっています。
地域脱炭素の取り組みは、いくつもの施策を束ねた複合的な事業にすることによって脱炭素を効果的に進めると同時に地域の活性化を実現するものです。そのため庁内のさまざまな部署が関係し、外部の民間事業者も参画します。地域住民も重要なステークホルダーです。それぞれに考えがあり、また民間企業には企業として取り組みたいことがあり利益も確保しなければなりません。それぞれが主張するだけでは事業は空中分解してしまいます。合意形成をいかに図るのか、実行組織をどうつくるのか、誰が司令塔になるのか――多くの関係者が登場する地域脱炭素に取り組むうえで大きな課題になっています。
さらに地域脱炭素に取り組む自治体が陥りがちな傾向として、目的と手段が入れ替わってしまうということがしばしば見られます。例えば、脱炭素先行地域に選ばれれば補助金が支給されますが、いつのまにか補助金を得ることや立案した事業を実施すること自体が目的になりがちです。2050年に向かって描いた地域の将来像に常に立ち返り、それと照らし合わせながら進めていくことが必要です。
パシフィックコンサルタンツは地域脱炭素化にどう関わってきたか
パシフィックコンサルタンツの取り組みは、大きく2つに分かれます。1つは環境省をはじめとする国の地域脱炭素推進策の策定支援です。国が発行するガイドブックの制作も担っています。その1つに環境省の『地域の再エネを活⽤した地産地消の⾃営線マイクログリッドのはじめかたガイド』があります。マイクログリッドの構築やその支援実績を数多く持つことが評価されて受託したものです。この資料では、地域の再エネを活⽤した分散型エネルギーを検討する際に、⾃営線マイクログリッドが選択肢となり得るかどうかの判断のポイント、⾃営線マイクログリッドの基本構成やモデル例、事業構築の進め⽅などを解説するとともに参考となる事例を紹介しています。
同じく環境省が発行する離島の再エネ導入ガイド『離島における再エネ自給率向上ガイド』も制作しました。離島における電力調達は、ほぼ100%火力に依存しています。そのためCO2の排出が多いだけでなく、島外からの燃料輸送の不安定さに由来するリスクや調達コストが反映した料金の高さが課題になっています。再エネ自給率の向上が大きなテーマですが、太陽光発電のための広い敷地の確保は難しく、また塩害対策も欠かせません。太陽光に加えて、地熱、小水力、木質バイオマスなどの組み合わせが有効ですが、これらのポテンシャルが少ない離島も多くあります。蓄電池の設置やその他のシステムの導入も含め安定した電源とするための工夫が必要となります。事業化に当たっては民間のノウハウや資金を活用するPPP/PFIなど事業方式の検討も必要であり、このガイドブックでは、これらの課題について、丁寧に解説しています。
また、パシフィックコンサルタンツでは個々の地域の脱炭素化支援として、自営線マイクログリッド事業をはじめとするさまざまな活動を進めています。
⾃営線マイクログリッドは、地域への再エネの最⼤導⼊による脱炭素化の効果に加え、地域の防災性向上や地域でエネルギー事業を進めることによる地域経済活性化の効果が期待されています。パシフィックコンサルタンツは、このマイクログリッド構築支援で多くの実績を持っており、例えば、千葉県睦沢町ではグループ会社のパシフィックパワーを通して自治体新電力「CHIBAむつざわエナジー」を設立、地元産の天然ガスを活用したガスエンジンコージェネレーションを整備し、マイクログリッドで道の駅とスマートウエルネスタウンの住宅への電気と熱の供給を行っています。発電時の排熱も有効に使って天然ガス採取後の地下⽔を加温して温泉利用し、道の駅の温浴施設に供給しています。
鹿追町で進む脱炭素先行地域のまちづくり
出典:北海道鹿追町
また、北海道鹿追町でもマイクログリッドの実装化の一翼を担いました。再エネの最大導入や、熱と電気のユニークなネットワークづくりなどが評価され「新エネ大賞(新エネルギー財団会長賞)」など各種の賞を受賞しています。具体的には、町役場、病院、福祉施設、温水プールといった施設を自営線でネットワーク接続し、太陽光発電・蓄電池等によるエネルギー需給制御システムで管理するもので、再生可能エネルギーの導入拡大、災害対応能力(BCP)の向上、財政支出の縮小といった効果が得られました。
さらにパシフィックコンサルタンツでは、この鹿追町を含め国の脱炭素先行地域として6地域で脱炭素化の取り組みをサポートしています。その中には脱炭素先行地域の取り組み全体のマネジメントの支援を行っている地域もあります。一つの地域の中で相互に関連する複数のプロジェクトについて、全体の予算も考えながら進捗を確認し、必要に応じて軌道修正、見直しも行うことで円滑にプロジェクトが進められるようにサポートしています。
今後の展開をどう考えているのか―宣言から実装へ―
「2050年までに二酸化炭素排出実質ゼロ」を宣言した自治体は1122(都道府県46+市区町村1076)に上っています(2024年9月30日現在)。しかし、宣言はしたものの、公共施設への太陽光発電やLED照明の導入、公用車の電気自動車(EV)への切り換え、民間の事業所や住宅の省エネ対策への補助といった一般的な施策には取り組んだものの、その先が見えない、あるいは、2050年のイメージ像は描いたが、実際どのようにしてカーボンニュートラルを実現するのか、実行計画の策定で悩んでいるという自治体は少なくありません。また、脱炭素先行地域に選択されながら計画の実施が難しく、先行地域を辞退する自治体も出てきています。地域脱炭素の取り組みは宣言から実装の段階へと進んでいますが、実際に地域社会に実装していくことは簡単ではありません。
パシフィックコンサルタンツは国の指針や具体的な支援策の内容を知り、また自治体の現場でのさまざまな悩みの両方を知るものとして、現場に踏み込んだ支援を行っています。
電源は太陽光が良いのか、水力やバイオマスはどうか、自営線か既存の系統線活用のどちらが良いのか、どこに電源を置き、どういう需要に対してどのようにして送るのか、その場合の脱炭素の効果はどれほどか、誰と誰がどういう内容の契約を締結して事業を運用していくのか――発電側、送電側、需要側のそれぞれの事情に踏まえ、事業方式も合わせて検討する必要があります。私たちはコンサルタント会社としての中立公平な立場から、特定の事業方式や製品の利用を前提とせず、地域の脱炭素化や課題解決のために何が必要かという視点でさまざまな選択肢を提示し、現場の視点を共有しながら一緒に検討を重ねています。
地域脱炭素をさらに進めるうえで、今後の鍵となるのは、地域の社会インフラとの協調、また、次世代型の地域エネルギーマネジメントシステムの構築です。
地域の社会インフラとの協調については、現在、脱炭素化の検討が進められている空港、港湾、鉄道、上下水道施設、ダム・砂防施設、道路、廃棄物処理施設といった社会インフラの取り組みと連携して地域の脱炭素を進めるという考え方です。パシフィックコンサルタンツはこれらの社会インフラ分野の脱炭素化の推進に関する先行的な実績を有しており、これらのインフラと周辺の地域が一体となった先導的な脱炭素モデルの構築、エリアとしての脱炭素化を進めています。
もう一点の次世代型の地域エネルギーマネジメントシステムの構築とは、電力系統の制約がある中で更に地域の中で再エネを導入して上手に使っていくための仕組みづくりになります。このような仕組みづくりのためにはマイクログリッドや個別施設の再エネなどの需要側が系統と協調したエネルギーマネジメントを行い、地域全体としてより多くの再エネが生産・利用されるようになる必要があります。パシフィックコンサルタンツはこのようなシステム構築について取り組んでいます。これらの取り組みを進めていくことで地域GXイノベーションモデルの構築・実現が可能となります。
私たちはこれからもパシフィックコンサルタンツグループの総合力とグループ会社としてグリーン社会事業を担う「パシフィックパワー(自治体新電力事業等を通じた電力の小売・卸売、再エネ導入事業等)」や「PE-TeRaS(太陽光発電事業等)」と連携を一層強め、地域脱炭素に貢献していきます。