東京と大阪の間を長野・金沢を経由して結ぶ北陸新幹線(総延長約690km)は、2024年3月に金沢・敦賀間が開業した。工事実施計画の認可以来11年8カ月を要した建設工事は、雪害対策はもとより、軟弱地盤の克服、ラムサール条約登録地への環境影響の配慮など、さまざまな課題に直面しながら、それを一つひとつ克服し、新幹線建設の歴史に新たな1ページを加えるものとなった。パシフィックコンサルタンツもさまざまな業務を通してこの延伸を支えている。その中から、詳細設計を手がけた大蔵余座橋梁、深山トンネル、梯川橋梁の3つのプロジェクトを3回に分けて紹介する。
地下水への影響を抑えた非排水型トンネル
終点敦賀駅手前にある深山トンネルは、長さは800m足らず。新北陸トンネル(約19.8km)や加賀トンネル(約5.5㎞)に比べればはるかに短い。しかし、このトンネルが北陸新幹線延伸工事のうえで、環境への配慮が特に必要なトンネルの1つとなった。深山はラムサール条約登録地である中池見湿地の水の供給源の1つであり、地下水への影響を最小限に抑えることが求められたからだ。
INDEX
- 認可ルートを変更。修正設計が求められた
- 70mの水圧を考慮して真円形状を選択
- 修正設計の最終段階で追加された器材坑
- トンネルと高架橋が直接接続する独特の区間
- あらゆる分野のプロが集結している
- プロジェクト概要
認可ルートを変更。修正設計が求められた
2012年6月、国土交通省は北陸新幹線(金沢・敦賀間)の工事実施計画を認可した。それを受けて各工区は順次着工していったが、深山トンネルとそこから敦賀駅までの間にある大蔵余座橋梁の区間は計画の変更が必要になった。工事実施計画認可翌月の7月3日、ルート内にある中池見湿地がラムサール条約※の登録湿地となり国際的にも重要な場所となったからだ。
建設主体である鉄道建設・運輸施設整備支援機構(以下、鉄道・運輸機構)は、認可ルートが中池見湿地の水環境および自然環境にどのような影響を及ぼすかについての再検討が必要と考え、動植物の各分野と水文・水環境の専門家で構成する「北陸新幹線、中池見湿地付近環境事後調査検討委員会」を設置し、具体的な検討を依頼することにした。
2013年11月に第1回会合を開いた委員会は、その後、合計4回にわたって開催され、2015年3月、鉄道・運輸機構に対して提言を行った。それは、湿原に流れ込む地下水量の維持に万全を期すためトンネル位置を変更することが必要だとするもので、具体的には当初の認可ルートから東側(湿地から離れる側)に約150m移動するアセスルートであった。
提言を受けた鉄道・運輸機構はアセスルートを基本に、湿地への影響をより低減できる新ルートを検討、湿地から150m離し、トンネル標高を入口付近で最大17m上げる変更案を最終決定し国土交通省に申請。2015年5月、新たな工事実施計画が認可された。最初の認可から2年11カ月後のことだ。深山トンネルは、環境への配慮が特に必要なトンネルになった。その設計をパシフィックコンサルタンツが担った。
70mの水圧を考慮して真円形状を選択
設計の担当チームを引っ張ったのはトンネル部山岳トンネル室の岡本直樹とインフラマネジメント部トンネル室(当時)の小平哲也だ。業務着手当初の状況を岡本が語る。
「従来検討されていたのは山岳トンネルで一般的な排水型と呼ばれるもので、断面形状も馬蹄形型の標準的なものでした。トンネル内に湧出する地下水はトンネルの下部を通して排水するというものです。当初はこれでも深山の地下水に大きな影響はないという判断だったと思いますが、再検討を経てルートが変更されただけでなく、排水型ではなく非排水型(ウォータータイト構造)にすることが決定しました。中池見湿地の水源としての役割に配慮し、トンネルの中に地下水を湧出させないという考え方が採用されたのです。それが設計条件でした」
ウォータータイト構造自体は簡単に言うと厚めの防水シートでトンネルをすっぽりと覆うことで、トンネル内への水の浸入は防ぐことができる。問題は、この構造にした場合のトンネルにかかる水圧だった。岡本が言う。
「排水型トンネルであれば、トンネルの設置とともに地下水位は下がる傾向となるので、トンネルにかかる水圧も減少します。しかし非排水型の場合は、トンネル開通後も従来と同じ地下水位が維持され、トンネルには大きな水圧がかかり続けます。設計当時、鉄道・運輸機構側から得たボーリング調査のデータから、地下水位は最大でトンネルの上70mのところにあると想定されていましたから、トンネルは70m分の水圧を背負うことになるわけです。それに耐える構造が必要でした」
どのような断面形状にするか、トンネルを支える側壁の覆工コンクリートの強度や厚みはどれくらいにするのか、施工性やコストも含めた総合的な検討が必要になった。
「通常の馬蹄形では、水圧に抵抗する構造とする場合、覆工コンクリートを厚くせざるを得ません。トンネル形状を真円に近づけることで水圧がトンネル全体に分散することになるので覆工コンクリートは現実的な厚さ程度とすることができます。深山トンネルは非排水型にする以上、真円形状がベストだと考えました」と岡本。
しかし真円形状のトンネルは施工が難しく、コストもかかる。施工業者にとっても手間のかかる工法となる。山岳トンネルで非排水型構造が必須で高い水圧が想定される場合や、都市部で地下水に湧出による地盤沈下の懸念があるときには採用されることはあるが、できれば真円形状は避けたい選択だった。岡本は真円形状の他にも新幹線トンネルの標準断面を少し変形させたものや、真円形状までいかないがそれに近い断面形状のものなどを何種類も検討したが、やはり真円形状がベストだった。岡本は設定条件と解析手法、解析結果の詳細なデータを揃え、真円形状が適切という提案を鉄道・運輸機構側に提出し、協議のうえ、最終的な判断を待った。間もなく、鉄道・運輸機構側から深山トンネルには真円形状を採用したいという連絡があった。
修正設計の最終段階で追加された器材坑
真円形状にすることが決まり、修正設計が完了する頃のことだ。鉄道・運輸機構から追加の要望が届いた。トンネル内に電気設備を配置するための附属のトンネル(器材坑)が必要だというものだった。
「新幹線独特の電気関係の設備用のもので在来線にはありません。通常の盛土区間であれば線路脇にスペースが確保できますが、深山トンネル付近はトンネルや高架橋、橋梁が連続するのでスペースの確保が難しいことから、トンネル内に設けることになったようです」と岡本。高さ3m、奥行き5mほどのスペースを、円形のトンネルの外部に左右1つずつ、直角に接続することになった。もちろんこのトンネルも非排水構造にする必要があり、水圧に抵抗するため真円形状にする必要があった。また、この器材坑が接続するところでは、トンネル本体の配筋図の変更が必要になり、さらに、真円と真円を直角に接続するために細部の納まりも複雑になった。結局、設計の最終段階で、2カ月くらいを要する追加作業になった。深山トンネルは金沢・敦賀間に設ける12本のトンネルの最後の設計・施工だったことから工期に余裕はない。岡本と小平はスケジュールを睨みながら、慌ただしい設計作業を続けた。
トンネルと高架橋が直接接続する独特の区間
例の少ない真円形状となった深山トンネルは2017年3月から工事に入り、2023年3月、着工から72カ月を経て無事しゅん工した。設計の最終場面では、トンネル出口での、大蔵余座橋梁の橋台との取り合いが1つのテーマになったが、大蔵余座橋梁の詳細設計もパシフィックコンサルタンツが業務を行っており、連携もしやすかった。「金沢・敦賀間の敦賀寄りの区間は線路が高い位置にあり、トンネルがそのまま高架橋につながるので、トンネル出口と高架橋を支える橋台とをいかに接続するかは、担当設計者同士の細かいコミュニケーションが欠かせません。その点、同じ社内であることから随時連携が図れました」と小平。大蔵余座橋梁を担当する鉄道部とトンネル部のチームワークが、予定通りの2024年春の開業へとラストスパートをかける北陸新幹線延伸事業を力強く支えた。
あらゆる分野のプロが集結している
山岳トンネルのプロである岡本、小平の2人だが、非排水型の鉄道トンネルを手がけるのは深山トンネルが初めてだった。しかし不安を感じることはまったくなかったという。実際、パシフィックコンサルタンツは 鉄道トンネルではないが、旭川と稚内を結ぶ国道40号の山岳トンネルで、トンネル全周からの強大な地圧に耐える真円形状の三重支保構造の道路トンネル(延長4,686m)を設計した。このトンネルは着工から10年をかけて開通している。
「高い水圧や地圧が想定される場合に真円形状のトンネルが有効であることは頭にありましたから、非排水型構造が必須となった時点で深山トンネルも真円形状が優位だと思っていました。わからないことがあれば、すぐに他の部員に聞いたり相談したりすることができるので、未経験でも不安はまったくありませんでした」と岡本。
小平もその高度な技術力を有する経験豊富な技術者がいる総合力にこそパシフィックコンサルタンツの設計の強みがあるという。
「私はゼネコンで10年ほど山岳トンネルの施工経験を積み、次は設計を学びたいと思って転職しました。真円形状にするということは施工計画も大きく変わることになります。そこまで考えた設計を行うにあたり、その点ではゼネコンでの経験が役に立ちました。トンネルは他にも出口と橋台との取り合い、照明や非常設備の取り扱いなど、他部門との連携が重要です。パシフィックコンサルタンツにはあらゆる分野の技術者が揃っているので、設計者にとって理想的な環境があると改めて感じました」
総延長768mの深山トンネルは、時速200kmならわずか10数秒で走り抜ける。しかし、このトンネルの予定通りのしゅん工がなければ、金沢・敦賀間125kmの開通もなかった。その陰に2人の技術者と設計チームの努力があった。
プロジェクト概要
線路延長:125km(工事延長:115km)
新設駅:小松駅、加賀温泉駅、芦原温泉駅、福井駅、越前たけふ駅、敦賀駅
最高設計速度:260km/h
最急勾配:26‰
- 2012年06月 工事実施計画(その1)認可
- 2017年10月 工事実施計画(その2)認可
- 2023年12月 工事しゅん工監査完了
- 2024年03月 完成・開業