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北陸新幹線敦賀延伸プロジェクト Vol.3~梯川橋梁~

水理解析が生んだ橋梁・新幹線建設の新たな歴史を作る困難プロジェクトに迫る

東京と大阪の間を長野・金沢を経由して結ぶ北陸新幹線(総延長約690km)は、2024年3月に金沢・敦賀間が開業した。工事実施計画の認可以来11年8カ月を要した建設工事は、雪害対策はもとより、軟弱地盤の克服、ラムサール条約登録地への環境影響の配慮など、さまざまな課題に直面しながら、それを一つひとつ克服し、新幹線建設の歴史に新たな1ページを加えるものとなった。パシフィックコンサルタンツもさまざまな業務を通してこの延伸を支えている。その中から、詳細設計を手がけた大蔵余座橋梁深山トンネル、梯川橋梁の3つのプロジェクトを3回に分けて紹介する。

高度な水理解析を行い、発注者とともに河川協議を重ねて架けた橋梁

梯(かけはし)川は小松市鈴ヶ岳に発して山間を北に下り、平野部に入ってから向きを西に変えて日本海に注ぐ一級河川だ。下流は周辺に小松市街地が広がることもあり貴重なオープンスペースとして、散策や釣り、ボートなど市民の憩いの場として利用されている。北陸新幹線が小松駅の手前で梯川を渡るのもこの下流部分で、川幅が広く河道に橋脚を建てなければならない。治水はもとより、市民に親しまれる河川環境の整備、保全を進める河川管理者との合意が何よりも重要になった。

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河川橋への新たなチャレンジ

2014年秋、梯川橋梁の設計を担当した鉄道部・地下構造第一室の柴田浩二(当時、複合プロジェクト室)は、それまでに在来線の高架橋や橋梁の設計は数多く扱ってきたが、整備新幹線の橋梁設計は初めての経験だった。しかも、一級河川の河道に橋脚を建てる河川橋の詳細設計も初めてであったことから、二重の意味で初挑戦になった。新たに何が学べるのか、柴田は緊張の中にも楽しみに感じるものがあった。

しかし、その高揚した気持ちは初めて臨んだ河川管理者との協議で消し飛んだ。一級河川の河道に、しかも新幹線用の頑丈な橋脚を建てるということは、現地盤の上に築く通常の橋脚の設計とはまったく違う取り組みなのだということに柴田は気付かされた。橋脚が入ることによって水の流れは変わる。それがどのような変化なのか、洪水のリスクは高まるのか、流域住民の生命を預かる河川管理者の関心は、柴田の想像を越えてはるかに高いものがあった。

河川管理者の責任感に応える深い解析が必要に

新幹線の延伸が国家的事業なら、一級河川の管理も国の重要な業務だ。もともと梯川は川幅が狭く、雨が降った時の水位上昇が早いという特徴があった。洪水浸水想定区域内には、人口が集中する小松市街地が大きく広がり、実際、2000年代に入ってからも2004年、2006年、2013年に洪水が発生している。河道掘削をはじめとする河川整備が進められているものの、なお水害リスクは高く、河川管理者にとって気を抜くことのできない河川だった。しかも橋梁の建設予定地は川が大きく蛇行しているところで、左右から水路が合流している。さらに地元の高校が艇庫を設け、河岸の一部を階段状にしてボードが出せるようにしていた。水の流れを複雑にする要素が多く、かつ河畔は市民にも広く使われている。

「新たに橋脚が建つことで水の流れが阻害され、洪水発生の可能性が高まるのではないかと河川管理者が懸念を抱くのは当然だと思います。河道に一切橋脚を建てなければ良いのですが、予定の渡河地点は川幅が130mくらいあり、これを河川内橋脚なしで越えるとすれば新幹線で前例のない規模の長大な構造物となり現実的ではありません。概略設計で標準的なスパンとして検討されていた3径間の計画を2径間にして河道に入る橋脚を2つから1つにする、そしてその際の水理現象を詳細に解析して示せば、河川管理者も応じやすいのではないかと思いました。新幹線が延伸され小松駅に停車することによる観光への好影響や地域の活性化は、地元の大きな期待でもあります。必ず理解は得られると思いました」と柴田。

早速、社内の河川部に協力を求めに走った。

「任せてください」という頼もしい返事

パシフィックコンサルタンツの河川部は、全国で多くの一級河川、二級河川の河川整備基本方針や整備計画の策定、それに関わる治水・利水・環境のさまざまな調査・検討業務を行っている。水理解析や洪水のシミュレーション、河川監視システム構築などの実績も多く、高い専門知識を備えた技術者が集まっている。柴田は一方で3径間に代わる2径間の橋梁の設計を行いながら、橋脚が2本入る場合と1本の場合の2つのケースについて、橋脚の予想される大きさや形状を示しながら、詳細な水理解析を河川部へ依頼した。橋脚が設けられれば、当然、ある程度の水位の上昇や流速の変化・乱れは起こり、河岸や河床の土が削り取られる、いわゆる"洗掘"も発生する。それらに関する詳細な解析データが必要だった。

河川部のベテラン技術者にいきさつと要望を伝えると、いいですよ、任せてください、と頼もしい返事が返ってきた。河川部として応援態勢をとるという。「社内に専門技術者がいてくれるのは本当に安心で、ありがたいです。河川管理者との打ち合わせにも同席してもらい、得られた解析データに関する説明や先方との質疑応答にも専門技術者の立場で発言してもらいました」と柴田。

実際、発注者の鉄道建設・運輸施設整備支援機構(以下、鉄道・運輸機構)とともに詳細な解析データを提示しながら協議を進めた結果、河川管理者の理解を得ることができた。求められていたのは、住民の命を守るという重責を担う河川管理者の立場に立った、丁寧な説明と手続きだった。追加でさらに高度な解析が求められることもあり、それについても持ち帰って解析を進めて再提出することを繰り返し、何度目かの打ち合わせで橋脚を1つ入れる2径間の橋にすることで合意することができた。「ほっとしました」と柴田は言う。

「河川部の解析やシミュレーションに説得力があったのだと思います。2径間を前提にした本格的な詳細設計を進めていきました」

2径間になれば当然、橋脚と橋脚の間の距離は長くなり、桁高も当初計画に比べて高くなる。また、梯川橋梁は川を渡って小松駅方向に200mほど進んだ地点でJR北陸本線(現IRいしかわ鉄道線)と交差するが、JR北陸本線がすでに高架になっているので、さらにその上を通す必要があった。渡河部の桁高増とJR北陸本線跨ぎを考慮した構造計画の見直しも鉄道・運輸機構に提案した。

工事期間中の河川への影響も慎重に見極められなければならなかった。河川への影響は橋脚の完成後だけではない。工事期間中には長期にわたって仮設の桟橋や足場が組まれる。それによる水理への影響の検証も必要だった。これも河川管理者の懸念事項だった。

必要になる橋脚はかなり大型で、しかも現場の支持層は地下50mと深いところにあり、基礎工事は大がかりなものが想定された。柴田は河道に設ける基礎構造に対して数案の試設計と施工計画検討を踏まえて、鋼管矢板井筒基礎と呼ばれる工法を選択、それを前提に再び河川部と打ち合わせを重ねた。河川部に工事中の水理解析を実施してもらい、そのデータを持って鉄道・運輸機構と方針を決めたうえで、工事期間中も安全が確保できることを河川管理者に示した。基礎工事については、非出水期と呼ばれる水の少ない10月から翌年の5月に終わらせることを前提にスケジュールを組んだ。杭工事を含む基礎工事が終われば工事中の河川への影響は減少する。

写真:梯川橋梁

国の大きなプロジェクトに足跡を残す醍醐味

橋梁の河川管理者との協議はすべて合わせれば10回ほどに及び、柴田が担った詳細設計は約2年間をかけて2016年の秋に終わった。

「設計完了した後も、現場での施工条件の変更や、施工中に発生した諸課題に対応するために何度も現場に足を運びました。その都度、鉄道・運輸機構や施工会社との協議を重ねて、追加の検討を行うなどして課題をクリアしてきましたが、これらの経験は私にとって大きな財産となりました。 自分が設計したものがきちんと形になるまで見届け、しかも、北陸新幹線延伸事業という国の大きなプロジェクトの一端を担うことができたことは技術者として大きな喜びです。河川管理者の流域住民を守るという強い思いや責任感に触れたこと、河川部のサポートの頼もしさを知ったことなど、学ぶことの多い業務でした」

橋梁の設計に一つとして同じものはない――業務を終えて、柴田はその思いを強くしていた。すべてがオーダーメイドであり、その場所、その環境に合わせて最適なものを、すべての関係者の合意を得ながらつくりあげなければならない。プロセスは時に困難を伴うけれども、その努力抜きにプロジェクトの成功はあり得ない。

プロジェクト概要

線路延長:125km(工事延長:115km)

新設駅:小松駅、加賀温泉駅、芦原温泉駅、福井駅、越前たけふ駅、敦賀駅

最高設計速度:260km/h

最急勾配:26‰

  • 2012年06月 工事実施計画(その1)認可
  • 2017年10月 工事実施計画(その2)認可
  • 2023年12月 工事しゅん工監査完了
  • 2024年03月 完成・開業

柴田 浩二

SHIBATA Koji

交通基盤事業本部
鉄道部 副部長 兼 地下構造第一室 室長

2000年入社。鉄道部にて首都圏の連続立体交差事業および仙台空港線、成田スカイアクセス線などの高架橋設計を担当。その後、山梨リニア実験線の高架橋詳細設計および3年間の施工管理に従事。2012年から2年間の社外出向を経て、その後は北陸新幹線(金沢・敦賀間)の他、リニア中央新幹線やインド高速鉄道の橋梁・高架橋の詳細設計を中心に業務を遂行。2024年10月より地下構造第一室長として、鉄道地下構造物設計の分野にも職務を拡大している。技術士(建設部門)、コンクリート診断士、1級土木施工管理技士。

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