遊休公有地の利活用が地方公共団体の喫緊の課題となり、官民連携による取り組みも増えています。事業ビジョンをいかに定め、事業スキームをどう構築するのか、官民の連携を成功させるために何が重要なのか。社会イノベーション事業本部 総合プロジェクト部ソーシャルグッド創成室の小川徹にインタビューしました。
INDEX
- 公的不動産(Public Real Estate:略称PRE)の利活用が喫緊の課題になっている
- 期待が高まる官民連携事業
- サウンディング型市場調査件数も大きく拡大
- しかし現場での悩みが大きくなっている
- サウンディングの成功がすぐれた官民連携事業の成功につながる
- 公的不動産の利活用に当たって浮かび上がっている課題
- パシフィックコンサルタンツの取り組み
- PREの戦略的利活用とはまちづくりである
公的不動産(Public Real Estate:略称PRE)の利活用が喫緊の課題になっている
――公共施設の再編や公有地の利活用が地方公共団体の大きなテーマになっています。どういう背景がありますか?
小川:確かに今、公共施設の多くが統廃合や縮小、転用等の対象になり、それに伴って生まれる跡地や余剰地等の利活用が課題になっています。背景の1つは人口減少と利用者ニーズの多様化です。
公共施設の多くは昭和40年代から50年代にかけて当時の人口増加を見越して整備されました。しかし本格的な人口減少時代に突入する中、多くの地域で量の見直しが求められ、さらに、利用者ニーズの多様化により、提供するサービス内容の再検討も迫られています。
また施設の老朽化も背景の1つです。すでに建設から50年以上が経過しているものが多く、大規模な修繕や耐震補強が欠かせない状況です。しかし財源の確保は容易ではありません。地方財政は今、人口減少による税収の減少や扶助費を中心とした義務的経費が増加傾向にあり、所有施設の維持管理の予算にも限りがあります。
期待が高まる官民連携事業
――公的不動産の利活用については官民連携で進めるケースも増えているようですね。
小川:いま地方公共団体は厳しい財政事情の下で、社会インフラや行政サービスの維持、高齢化社会に見合った医療・介護サービスの提供、暮らしやすいまちづくりなど多くの課題を抱えています。国も、人口の増加とそれに伴う開発圧力のコントロールがまちづくりの課題であった時代の政策からの転換を求めていて、人口減少や高齢化を前提に都市機能を適切な規模に集約し再配置する「コンパクトシティ」を奨励しています。そのため、公共施設の再編やそれによって生み出される公有地を生かした公共機能との相乗効果を生む民間事業の創造が求められています。そこで注目され、実施例も増えているのが、民間事業者の資金やノウハウを活用して公的なサービスの提供を行うPPP(Public-Private Partnership:官民連携)であり、PFI(Private Finance Initiative)もそのひとつの事業手法です。
サウンディング型市場調査件数も大きく拡大
――サウンディングと呼ばれる市場調査が増えているのも、それが理由ですか?
小川:その通りです。PFI事業などの多様な官民連携手法の拡大と軌を一にして、サウンディング型市場調査に取り組む地方公共団体も急速に増えてきました。
サウンディング型市場調査(以下、サウンディング)と呼ばれるのは、地方公共団体が所有する土地や施設の活用方法について、民間の事業者から広くアイデアや意見を聞くものです。事業の発案または事業化検討の段階で民間の視点を入れて事業化の方策を探ることが目的です。1999年のPFI法制定以降、少しずつ実施件数が増え、特に2017年頃からは急増しています。2016年に69件だったものが、2023年には716件と10倍以上に拡大しました。2018年には国土交通省から「地方公共団体のサウンディング型市場調査の手引き」も示され、サウンディングの実施を通して、新たな官民連携のあり方を探ることが大きな流れになっています。
地方財政が逼迫し市民ニーズが多様化する中、事業化のアイデアや事業方式に民間の資金やノウハウの導入を検討することは欠かせません。実際行政側からは「公共施設の再編に伴って生まれる余剰地の民間利活用を含めて一体でスキームを検討したい...」「住宅のニーズだけに頼らないビジョンの方向性を見出したい」といった声が各地で上がっており、サウンディングが増える大きな理由になっています。
しかし現場での悩みが大きくなっている
――サウンディング件数が増える一方で、現場で感じる課題はありますか。
小川:サウンディングが「事業者を見つけて事業化を急ぎたい」という意識で取り組まれることが多くなっているのではないかと思います。特に行政側の方針が定まっていない段階でサウンディングを求める案件が多くなっています。行政や地域に貢献したいと考えている民間事業者からは「行政や地域が抱えている課題や行政が想定する事業の方向性をもう少し具体的に示して欲しい」といった声も上がっています。
――一口に官民連携といっても、なかなか難しいですね。
小川:もともと地方公共団体と民間事業者では、その基本的な立場は異なります。地方公共団体は、地域が抱えている課題の解決や財政の健全化という目的とそれに見合った長期の時間軸を持っています。「まちづくり」こそ課題です。これに対して民間事業者は利益を目的とした短期の時間軸を持っています。事業収益の確保が最大の課題です。この違いは根本的なものですから、地域特有の課題を解決しつつまちづくりを進めていくという公共の活動に、いかに民間のサービスを組み込み、生かしていくか、両者が満足する官民連携を実現するためには工夫が必要です。
サウンディングの成功がすぐれた官民連携事業の成功につながる
――サウンディングも官民連携の成功のために大きな役割を果たしますね。
小川:地方独自の事情に踏まえて独自の官民連携のあり方を探る意味では、サウンディングは有効だと思います。特に官民連携事業のスタートに当たっては重要な役割を果たすといえます。
――もともと立場が異なる官民がそれぞれの関心事や問題意識を知ることができますね。
小川:サウンディングは、利益を優先して短期的な動きを前提とする民間事業者との対話の場になります。まちづくりという長期的な時間軸を基本とする公共側の施策を理解し、寄り添ってくれる事業者との連携の可能性を探るために、有効だと思います。もともとサウンディングは、特定の事業者を対象としたものではなく、誰にも公平に開かれたもので、デベロッパーや設計事務所、建設会社はじめライフスタイル企業、地域企業、NPO法人など、あらゆる民間事業者・団体が参加できます。それだけ多方面の意見を聞くことができ、そこから公共として考えた事業の基本構想についてのギャップを把握したり、どうすれば官民の理想的な連携が可能になるか、どこに問題があり改善の余地があるのかを検討していくスタートになります。
――民間の新しいアイデアや賛成意見を聞くためではなく、むしろギャップを知ることに意味がありそうですね。
小川:おっしゃるとおりです。官民の間にあるギャップの存在を確認し、どうすればそれを解決しつつ理想的な連携が可能になるのか、サウンディングで知ることができた意見を事業企画や事業方式にフィードバックして事業化構想をより実現可能な、魅力あるものへと高めていくきっかけを得るためのものだといえると思います。
公的不動産の利活用に当たって浮かび上がっている課題
――サウンディングを踏まえて公的不動産の利活用の戦略を考えることになると思いますが。そこでの課題はありますか。
小川: 開発事業者にとって、不動産投資のリスク管理には出口戦略が重要です。そのため、行政側が公的不動産の譲渡に柔軟性を持たせることが課題となっています。そのほか、次の点があると思っています。
1つは庁内の推進体制の構築です。
公的不動産の利活用をリードする庁内主体が不明確なケースがみられます。そのため、ビジョン等の検討において部局横断的な話し合いがなされず、その後の取組みが非効率になっているプロジェクトも散見されます。初期段階から、縦割りの構造に横串を刺した推進体制を確立することがポイントです。特に設計前から、建築部局も含んで調整することが重要です。
2つめはプランニング段階から「プロジェクトの全体像」のスキームを設計することが重要だということです。
概してプランニング側はビジョンを実現させるスキームのところが弱く、PPP側はビジョンを前提条件としないと動けない、という枠組みの中で、プランニング段階からスキームを設計することが非常に重要です。エリアで展開される複数の事業について、事業を束ねる"バンドリング"により、PPPの導入を前提とした適切な事業単位に分解・統合し、これに加え、各事業の発注時期や発注方法に至るまでの全体スキーム(プロジェクトの全体像)について遺漏なく設計することが重要です。
パシフィックコンサルタンツの取り組み
――パシフィックコンサルタンツとしての取り組み例を教えてください。
小川:私たちが行政側のアドバイザーとして携わったある都市での公共複合施設のケースは、まさに上記の課題を踏まえて事業を進めたものであり、また、サウンディングが大きな役割を果たした一例です。具体的には、廃校となっていた中学校を除却し、公共複合施設の整備と市有地の売却による民間機能の誘致を進めた、鉄道駅前の面的開発プロジェクトです。
この一連のプロジェクトは、担当課が複数に横断しており、庁内関係各課においても複合施設に導入する図書館等や、市有地活用など、各事業のビジョンが共有できていませんでした。そのため、関係各課の担当者が集まったプロジェクトチームと、役職級で組織されるワーキングを立ち上げ、推進体制を構築しました。
――そこではどのような議論があったのですか。
小川:ビジョンはもちろんですが、特に図書館部分のスキームについて議論しました。「地域図書館としてこれまで市民に提供してきたサービスの低下を招く」ことへの懸念から、図書館部局は指定管理の導入には慎重でした。そこで、蓄積性・継続性・公平性が求められる業務については、市に留保するなど、官民の役割分担を提案しました。さらに、現在の図書館運営のノウハウ継承のため、施設開館の一定期間前から、民間事業者に現図書館の運営を任せることを提案しました。それら提案については、図書館運営事業者等を対象としたサウンディングにおいて、官民役割分担案の実現性を民間事業者から確認を得たことで、図書館部局の懸念事項を払拭できました。
――サウンディングが有効だったということですね。その他工夫した点は?
小川:複合施設の運営事業者(指定管理者)が自らの提案する運営形態に合わせて複合施設の設計と備品レイアウトを提案できる事業スキームを提案しました。設計者を決める前に運営者を決めるというスキームです。「コミュニティや教育、文化を育む」というコンセプトがこの複合施設の大きな特徴で、その成功には運営が非常に重要な要素となります。民間のノウハウを導入し、地域に適した新たな文化施設の実現を目指したいと考えました。
――推進体制とビジョン、スキームが連動しているわけですね。
小川:プロジェクトチームやワーキングで議論し、民間が担う範囲を厳密に定め、公共が担うべきところは引き続き公共が担うという役割分担をつくり官民連携の中身を詳細に取り決めました。また、公共複合施設との相乗効果が期待できる市有地売却部分のビジョンとの連動性や、単に事業者を選定するだけでなく、その後のまちへの関わり方も担保することで、「PPP×エリマネ」も位置付けたことは、まちづくりへの展開として非常に有効でした。これらの検討は、事業の成功に向けた大きな一歩となりました。
PREの戦略的利活用とはまちづくりである
――官民の両方を知る存在が必要ということですね。
小川:PREをまちづくりに展開させ、実りあるものとするためには、立場を異にする公共と民間の双方の立場を理解しながら、その間に入ることができるコンサルタントの存在が欠かせないと思います。さらにコンサルタントにはビジョンやPPPの両方について知識を備え、両者を融合、一気通貫させることが求められます。
特に今「まちづくり」に求められる役割は、交流人口増加などの「にぎわい」づくりに加えて、脱炭素や生物多様性といったSDGsに関連するところにまで広がっており、PREの利活用にも多様性が生まれています。その意味でも、ビジョンやPPP、専門技術のすべてについて体制が整ったコンサルタントの存在が重要になります。パシフィックコンサルタンツは、その大きな特色である総合力でPREの戦略的利活用によるまちづくりへの展開をサポートしていきたいと考えています。