官民連携プロジェクトで急速に拡大している「サウンディング型市場調査」。
市民ニーズが多様化する中、事業の創成や成功のために民間事業者の声を聞くことの重要性は高まっています。サウンディング調査の現状と課題について、社会イノベーション事業本部 総合プロジェクト部ソーシャルグッド創成室の小川徹に話を聞きました。
INDEX
サウンディングとは
――そもそもサウンディングとは何ですか?
一般的には「サウンディング型市場調査」と呼ばれます。地方公共団体が所有する土地や施設の活用方法について、民間の事業者から広くアイデアや意見を聞くために行うものです。事業対象となる土地や施設を広く、また公式に外部に示すことで、民間事業者の参入意欲を高める役割も果たします。
意見を聞くというと、いわゆるヒアリングと思われるかもしれません。しかしヒアリングは、文字通り相手の意見を「聞く」ことです。サウンディングは、意向を相手に「伝え」たうえで、それについての反応を得るものであり、そこに特徴があります。まず伝え、その反響を知るというところがサウンディングと呼ばれている理由だろうと思います。
――なぜサウンディングが行われるようになっているのですか?
サウンディングが普及する以前からも民間事業者との対話を行いながら公有地や施設の検討は行われてきました。
そういったなかで、1990年代に英国で生まれたPPP(Public-Private-Partnership:官民連携)という考え方に基づいて、PFI(Private-Finance-Initiative)と呼ばれる事業手法が普及しました。民間の資金と経営能力・技術力を活用して公共施設の設計や建設、改修、管理運営を行おうというものです。
日本でも1999年にPFI法が制定されて事業が実施されるようになり、サウンディング型市場調査もこのPFIを始めとする多様な官民連携のあり方 の浸透と共に少しずつ実施が増えていきました。特に2017年以降急増、2016年は69件でしたが年々拡大し、2023年には716件と10倍以上になりました。
なぜ急速に増えているのか
――それにしても急カーブで増えていますね。
それだけ公共施設の再編や、それによって生まれる公有地の利活用が大きな課題になってきたということだと思います。おそらくその背景には3つくらいのことがあります。
1つは多くの公共施設が一斉に更新時期を迎えていることですね。学校や図書館、公民館、さらに保健や福祉系の公共施設は、昭和40年代から50年代にかけて建設されたものが多数です。改修も行われてきましたが、多くの建物で老朽化が進み耐震性への不安も大きくなっています。大規模修繕や耐震補強をして維持するのか、取り壊してその機能を他の施設に移すのか選択が迫られているわけです。
背景の2つめは、市民ニーズの多様化です。従来のような料理教室や工作教室など、専用室が必要となるようなものは減って、多用途で使える空間が求められるようになりました。そのため既存施設の稼働率が下がっています。
3つめは、財政上の問題です。人口減少や地方経済の低迷で税収は減少し、今後さらに減っていく可能性が高いなかで、いかに財政を健全に維持するかが大きな課題になっています。これまでと同じように多くの公共施設を維持・運営することが難しくなっているということがあると思います。
――民間事業者のほうも関心を高めているという面がありますか?
あると思います。今企業活動は、環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)の視点から投資家によって厳しくチェックを受けるようになっています。その点に注目した「ESG投資」の動きも強まっていることから、公共事業への参画は企業価値を高めるものとして注目されているように思います。そのため民間企業の側でも公共のまちづくり事業などに関する情報を得たいと考えていて、これもサウンディングの実施を後押しするものの一つといっていいかもしれません。
サウンディングは実際にどのように行われているのか
――サウンディングはいつ実施されるのですか?
サウンディング実施のタイミングは主に2つあります。国土交通省の「地方公共団体のサウンディング型市場調査の手引き(概要)」(令和元年10月更新)にも示されているように、1つは、事業検討当初の事業発案の段階、もう1つは、事業化が見えている段階で、具体的な事業化検討の際に行うものです。
――それぞれで内容は異なりますか?
広く民間の声を聞くという意味では同じですが、聞きたい内容が違います。『事業発案段階』のサウンディングでは、「民間事業者のノウハウを発揮した自由度の高い提案の誘導」を期待し、その後に行う『事業化検討段階』では、「事業者選定に向けた事業条件の精査」という視点が重要となります。
サウンディング実施のメリット
――サウンディングを行うことで公共側は何が得られますか?
公共施設や公有地、公園・緑地などの公共空間の再編・利活用に関する情報を具体的に示すことで、広く民間から活用アイデアを募ることができます。この点は市場の動きやニーズをよく知っている民間事業者が得意とするところです。また、その施設や土地の利活用に民間事業者がどれくらい関心を持つのか、どういう事業方式であれば参画が得やすいのかということを知って、事業化の検討を前に進めることができます。
――民間事業者にとってのサウンディングの魅力は何ですか?
サウンディングに参加する目的は様々だと思いますが、一般的に民間事業者に直接的なインセンティブを与えるサウンディングは少ないように思います。例えば、サウンディング実施後には具体化した計画に基づいて事業者選定が行われますが、サウンディング参加事業者だからと特別扱いすることはしない、というのが公平性の観点から通例となっています。サウンディングに伴う費用等も、参加事業者側の負担とされています。
――直接的なインセンティブはないのですね。
はい。そのため民間事業者にメリットがないように見えるかもしれませんが、そういうことはありません。2年ないし3年後くらいには事業化される公共の案件を前もってキャッチできるのは、事業者としても価値のあることです。というのも、将来の事業参画に向けて走り始めるためには、社内各部署の連携や決裁者の判断が必要です。サウンディングという形で事業化の可能性に関する公式の"お墨付き"があり、公共から公表される具体的な資料があれば、社内の合意形成もしやすくなると聞いています。
出てきている問題は何か
――サウンディングの実施について課題になっていることはありますか?
広く民間の声を聞く貴重な機会になっているとは思いますが、確かに課題も見えてきていると思います。例えば、公有地や公共施設の利活用を急ぎたいということから、サウンディングが事業化を担う民間事業者を捜す場のようになっている傾向が見られることです。事業化に拘ることは必要ですが、本来、公共施設や公有地の利活用は、地域課題の解決や財政の健全化などを目的としたものであり、事業化はその手段です。ところが行政側の考えが定まらない状態でとにかく事業化に向かって進むことが目的になっている傾向があるように感じます。
――理想的な官民連携はなかなか難しいですね。
もともと地方公共団体と民間事業者は、異なる時間軸を持っているんですね。地方公共団体は地域が抱えている課題の解決や財政健全化という目的を実現するための長期の時間軸を持っています。それに対して民間事業者は、事業利益の創出を目的とした短期の時間軸を持っています。この目的と時間軸の違いは基本的に相容れないところがあります。
――その意味でもサウンディングが価値を持つと。
そう思っています。官民連携の実現のためにはお互いが歩み寄りながら、合意点を見いだしていくことが必要です。その点ではサウンディングは有効です。特に民間事業者側から「それはこういう点で難しいのでは」というネガティブな意見を聞き出すことに価値があるといえるのではないでしょうか。そこに官民連携を実現する際のギャップが浮き彫りになっているからです。そのギャップをいかに解消するかという追求が、連携事業を成立させ成功させるポイントになります。肯定的な意見だけを聞いてしまうと、情報の偏りの影響を受け、事業化のリスクを過小評価することに繋がると思います 。
どうすれば効果的なサウンディングが実現できるのか
――サウンディングで成果を出すためにはどういう取り組みが必要ですか?
サウンディングに際して公共側からしばしば聞こえてくるのは「民間の柔軟な発想を得たいので、公共側から条件を付けて可能性を限定したくない」という声です。確かに、民間ならではの自由な発想は魅力的ですが、公共施設や公有地に関する地域特有の課題の解決は、あくまでも公共が推進する新たなまちづくりの一環としてあるものだと思います。
私はまず公共側が地域課題の解決のために、どのようなまちづくりや事業としたいのか、そのビジョンを明確にしたうえで、現時点で想定される事業の暫定条件を示すことが必要ではないかと思います。それらに対して、民間事業者は自社がもつサービスやノウハウをどのように提供できるのかを考えます。そのスタートがサウンディングである、ということだと思います。
――なるほど。良い連携のためには、橋渡し役も必要ですね。
おっしゃるとおり、サウンディングの成功のためには、長期の視点でビジョンを持ってまちづくりに臨む公共と、短期の時間軸で利益の創出を目指す民間事業者のそれぞれの立場と目的を理解したうえで両者をつなぐ存在が必要だと思います。しかも地域ごとのさまざまな特性の理解、PPP/PFIにも詳しく、さまざまな事業スキームについての知識も持っていなければなりません。事業の内容によっては、建築や土木、まちづくり、環境などさまざまな技術的な知識も必要です。私はそれらを備えている総合力のあるコンサルタントの存在が欠かせないのではないかと思っています。