「今のBCPは本当に役に立つだろうか」……洪水や台風による被害の激甚化や頻発化、切迫の度を増す大規模地震などを背景に不安の声が高まっています。しかし策定後の見直しをまだ一度も行っていないという企業も少なくありません。何を、どのように見直せばより実践的なものになるのか、これから策定する企業はどこに配慮すべきなのか。デジタルサービス事業本部 防災事業部レジリエンス推進室長の山村剛に話を聞きました。
INDEX
そのBCP対策は災害時に本当に機能するか
BCP(Business Continuity Plan=事業継続計画)の重要性は言うまでもありません。ひとたび大規模災害が発生し、ヒト・モノ・カネ・情報といった経営資本に重大な被害が発生すれば、事業の継続が困難になり廃業に追い込まれる可能性もあります。もしそうなった場合、従業員は新たな職場を求めて居住地である被災地から離れざるを得ません。また、被災地からの人口流出は復旧・復興の歩みを遅らせ、地域の衰退を招く可能性が高まります。
国は2014年の中央防災会議で示した「南海トラフ地震防災対策推進基本計画」の中で「企業等は事業継続計画(BCP)の策定を進め、災害時においても重要業務を継続するよう努める」ことを求めました。その後、大企業を中心にBCPの策定が進み、現在の策定率は大企業で85.6%(策定中も含む)、中堅企業で57.6%(同)となっています※。
ただし、数字の上では策定率は高いのですが、国が求める「毎年の見直し」を行っている企業は約34%にとどまり、また中堅企業ではなお半数近くの企業が未策定のままです。地域によるばらつきも大きく、能登半島地震が発生した北陸地方におけるBCP策定率は全国的に見ても低く、現在の復旧・復興の遅れの一因もここにあるのではないかと指摘されています。
企業の信頼性向上のためにBCP対策見直しが重要
現在のBCPの課題の1つは、策定後の見直しが十分に行われていないことです。最初に策定したままになっていたり、それが機能するかどうかをチェックする訓練が実施されていなかったり、行われていてもマンネリ化したものになっている場合が少なくありません。
しかしBCPは適宜(少なくとも1年に1回程度)見直すとともに、訓練を通じてより実践的なものへ常にブラッシュアップしていく必要があります。その背景の一つとして、近年の気候変動の影響によって被害想定が時々刻々と変化しており、工場や事務所において従来であれば安全とされていたものが、今までより高い水位の浸水を想定し、新たな設備の導入や対策の必要性が生じるなど災害を取り巻く環境が変化している場合があるからです。また経営方針が変わり、まず守らなければならないコア事業が従来とは異なるものに移行された場合についてもBCPを見直す機会となります。
さらに近年は地域の防災に果たす企業の役割が改めて注目されています。「想定外は起こりうる」という前提の下、社会活動をできるだけ継続させ、速やかに復旧・復興を図る社会全体の災害対応力(レジリエンス)を高めることが求められているからです。レジリエントなまちづくりのために企業の力は欠かせません。
例えば、大規模災害発生時においては公共交通機関がストップし多数の帰宅困難者が発生することが予想されています。無理に帰宅しようとすれば大規模火災や建物の倒壊などの二次被害に遭遇したり、道路渋滞を引き起こして緊急車両の通行を妨げる可能性もあります。そのため各企業は従業員が職場に安全にとどまれるように場所の確保や備蓄品の整備を進め、一時避難場所としての機能を果たすことが求められます。また、その機能を地域住民に対しても提供することができれば、地域の防災拠点としての役割を果たすことができます。それは企業の社会的信頼性を高め、ひいては売上・利益の向上にもつながるものです。
BCPの見直しはどのように進めるべきか
BCPの見直しにあたっては、対策項目に抜けや漏れが無いか、被害像や対応像についても最新の災害発生状況に踏まえたものとなっているか、また現在の経営方針に即したものとなっているかをチェックする必要があります。
診断・訓練から始めるBCP
通常、事業の改善などを図る際の有効な手法としてPDCAサイクルがあります。しかしBCPの見直しを、PDCAサイクルを使って計画策定(Plan)から始めると、優先度の低いものも含めて対策すべき事項に多くを盛り込みがちになり、優先度の高い事項の抜けや漏れが発生しやすくなります。BCPについてはPlan からではなくCheckから始めるCAPDサイクルを回すことが有効です。
まず災害発生時を想定した訓練から始め、その結果について評価・ふりかえり(Check)を実施することで、実践的な改善・対策(Action)につなげ、さらに次のステップでは、より実践的かつ効率的な計画の策定(Plan)を進め、最終的には災害対応・実践(Do)へとつなげるという流れです。
BCPの3つの構成要素とは
また、BCPを新たに策定する場合には、次の3つの構成要素を踏まえて策定すると抜けや漏れがなく使いやすいものになります。これらの要素について時間軸を追って平常時の稼働レベルに対して「何を」「いつまでに」「どのレベルまで」復旧させるかを検討します。
図上訓練を実施して抜けや漏れをチェック
またBCP策定後は訓練で実際に試してみることが大切です。訓練をすれば「これが足りない」「ここに連絡が必要だが連絡網がない」といったことが浮き彫りになります。図上訓練には表のようなさまざまなタイプがあるので目的に応じて選択します。
目的 | 方式 | 概要・特徴 | 参加者 |
---|---|---|---|
被害像のイメージアップと課題だし | DIG(Disaster Imagination Game) | 大判地図を利用して、プレイヤーに被害をイメージさせ、その被害想定に対する対応策を検討する | 10~50名程度、1つのテーブルは5~10名程度 |
行動フローや役割分担の確認 | タイムライン訓練 | フェーズごとの簡易な状況付与のもと、大判模造紙と付箋を利用してフローを作成しながら、行動項目と流れ、役割分担を確認する。 | |
計画の理解、合意形成 | 読み合わせ | 計画策定の利害関係者が一堂に会して読み合わせ | 10~20名程度 |
ウォークスルー訓練 | 災害対策室やオペレーションの現場で使用する設備や機材のある場所を実際に回って、指差し確認や実際の稼働、対応内容を確認。足りないものがないか確認 | 10~20名程度 | |
意志決定等、実践的な対応課題の抽出 | 状況予測型図上訓練 | 最小限の条件付与のもとで、訓練参加者に災害状況を予測させ、それを基に訓練者同士で意見交換を行い、災害時の課題を抽出・把握する | 10~20名程度。災害対策本部(支部)の班長レベル+担当レベル |
実践力の向上、実効性の確認 | ロールプレイング方式訓練 | 実際に近い状況下で、災害対応の意志決定能力を習得するもので、コントローラによる時々刻々の状況付与のもと、プレイヤーは実際の本部体制で実施することで災害対応の具体的な課題を抽出する | 30~50名程度。防災計画に位置づけられている組織・体制を基本とする |
DIGは簡易型の災害図上訓練の一種で、ある場面を想定し、参加者(利害関係者)が発生する被害や取るべき対応をイメージし、それらを大判地図上で共有し議論するものです。参加者全員で考えられるあらゆる被害や事業への影響についてブレストし、できるだけ多くのアイデアを集めて被害像を取りまとめ、企業内および企業周辺で何が起こるかを想定します。DIGや読み合わせ、ウォークスルー訓練は基本的なものですが、さらに実践的なものとして状況予測型図上訓練やロールプレイング方式訓練があります。
これらは基本的な訓練が行われていることを前提に、不測の事態に対処するために意思決定力の向上を目的に行うものです。
例えば「地震で○○事業所が被災し、近隣の住民が工場内に避難し始めている。停電はしていないが、携帯電話はつながりにくい」という簡単な状況のみを訓練参加者に示し、「この状況で備蓄品の配布をスムーズに行うにはどのような情報が必要か?避難してきている近隣住民に配布するか?」など、意思決定者に検討課題を投げかけます。意思決定者が必要だと明示した情報を「発災時に必要な情報」として整理し、それを入手するために必要となる本部活動を検討し、BCPに落とし込んでいきます。
訓練で細かい情報まで渡してしまうと、リアリティのない訓練になってしまいます。実際には細かい情報までは入手できず、本社と事業所の間の連携も、双方向にならず、例えばこちらには向こうの声は聞こえるが、こちらの声は聞こえない、という状況も十分にあり得るからです。実際の被災時に近い状況下で訓練することで、訓練のための訓練ではなく、実効性の高い訓練にしていくことができます。
パシフィックコンサルタンツの取り組み
コンサルティングサービスの展開
パシフィックコンサルタンツは、これまで全国の地方整備局の下で河川防災業務に取り組む一方、国土交通省や自治体、下水道などのBCP策定および見直しなどの業務を進めてきました。また、民間企業や大学、鉄道事業者などのBCP/BCM策定支援などを幅広く担っています。
民間企業については業務の対象となる施設が存在する場所について、現在の浸水想定区域図や土砂災害警戒区域などの情報を基に災害のハザード評価および想定被害や発生確率などからリスク評価を実施。また、将来的な気候変動影響を考慮したモデルを構築し、数10年~100年先の状況についても多段階でシミュレーションした上で中長期的なBCP策定の支援を行っています。ここ数年は大丈夫でも、50年先、100年先はこうなるという予想も考慮して対策の検討を進めることが必要です。
また、何を優先して災害から守るべきかについては、経営層に限らず現場の従業員の方へのヒアリングを通じて詳細を把握した上でBCP策定に反映するなど現場の声を重視した計画策定支援を心掛けています。現場で作業に従事している人こそ、事業を継続するため必要となるものはこれだと見通していることがあるからです。
防災サービスの展開
パシフィックコンサルタンツでは、より多くの民間企業、特に中小企業に対して防災への意識向上やBCP策定の一助となるよう、簡易的かつ効率的に自社のリスク分析ができる以下のサービスやアプリケーションツールについても開発し、サービス提供しています。
- 「しらベル」(https://xrain.pckk-service.jp/RiskMap/)は、全国各地の水害・土砂災害・地震・津波に関する災害リスク情報を地図上に重ね合わせて表示し、選択した場所の災害リスクを診断し、レポートするものです。企業が管理・運営する施設や敷地について、簡易的なリスク分析や事前対策などを実施することができます。
- 「どしゃブル」(https://xrain.pckk-service.jp/dosyabull/storeLink/)は、XRAINを使った危険度判定情報に土砂災害危険情報、地形情報を組み合わせ、背景地図とともに表示し、端末の位置情報を利用して必要な情報をユーザに直接提供するサービスとモバイルアプリです。企業が管理・運営する施設などを登録しておけば、土砂災害や大雨の危険度が通知されるので効率的な見回りなどへの活用が可能となります。
- 「emaxien」(https://www.youtube.com/watch?v=K-lN574bP78)という災害時の情報収集・監視、対応検討支援、意志決定支援、行動指南をデジタル技術により支援するサービスについて現在開発中です。こちらの特徴的な機能として「emaxienGather」は、支店・支社、工場等の拠点、災害現場等の現状・被災状況(位置、状況、写真等)について、PCやスマートフォン等から報告・投稿された情報を収集・集約し、更に拠点位置・種別、被災レベル、重要度等により被害情報を自動集約・分類・整理が可能となります。また、全情報の一覧表示、主要な情報をトピック表示などユーザのニーズに応じて様々な形式で表示(ユーザの役割、必要な情報に合わせて形式を変更)するとともに災害対策本部等への報告資料の自動作成・出力する機能についても実装予定です。
行政機関・地方自治体向け
防災機能拠点としての役割が期待されている「道の駅」においては、現状の施設や設備の状況、過去の災害発生時の対応状況や周辺状況などについて実務者と協議を重ねBCPの策定を支援しています。
その場合、BCPは内容が多岐にわたり情報量も多いため分厚いファイルになります。災害発生時にこれを引っ張り出して参照することは現実的ではありません。実際に災害対応にあたる一般の従業員の手引きとなるよう簡易BCP(アクションカード)を作成しています。アクションカードは必要なキーワードだけを選び、タイムラインに沿って何をしなければいけないのか、イラストも入れ、チェックボックスも設けて、災害発生時に参照しながら行動できるようにしたものです。地震、台風、水害など災害別に色分けするなど、使いやすさに配慮しています。
BCPの策定や見直しは事業を継続するために必要な重要業務や特定の機能、また災害のハザード評価および想定被害や発生確率などを踏まえたリスク評価などが欠かせません。しかしそれは自社の視点だけでは困難です。
パシフィックコンサルタンツは河川や道路などの防災、BCP策定や訓練に関する数多くの専門家を擁し、企業や行政における多くの実績も含め総合的な知見・ノウハウをもっています。私たちは、より実践的で有効性の高いBCPの策定を通して、企業の事業継続力向上と災害に強いまちづくりに貢献していきたいと考えています。
※「令和5年度 企業の事業継続及び防災の取組に関する実態調査」(内閣府)より